2017
12.21

2018年のドル円、107円着地予想の根拠=内田稔氏

世界経済

[東京 21日] – 2017年は、ドルを支える材料が目立った。9年目を迎えた米国の景気拡大は好調を維持し、国際通貨基金(IMF)の見通しでは前年比2.2%成長と2016年の1.5%成長を上回る見込みだ。

金融政策も年初の段階で2017年の利上げ回数を2回程度と予想した市場に対し、米連邦準備理事会(FRB)は2016年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)にて示したドットチャート(中央値)の通り、3度の利上げを決定。市場の混乱を招くことなく、FRBの保有資産縮小といった正常化も開始した。

これを受け、米国の2年物国債の利回りは、1.8%台半ばと年初より60ベーシスポイント(bp)以上も高い。インフレ圧力は依然鈍いが、それが緩やかな利上げ観測との安心感につながっている。その上、米税制改革法案も成立する見通しとなっており、好調な米企業業績と相まって、米国の主要株価指数は連日の史上最高値更新が続いた。

<金融政策正常化はもはや米国の専売特許ではない>

にもかかわらず、2017年のドルは主要通貨に対し、全面安だ。米国債の年限別の利回りをみると、年初に比べ、7年債まで上昇したが、それより長い期間では低下した。

これが示唆することは、市場がすでに目先の米経済の好調や複数回の利上げをある程度、織り込んだ可能性だ。従って、2018年にドル高が進むために必要なことは、長期的にみた米国の潜在成長率やインフレの加速を予見し、長期金利が上昇することだろう。しかも、そのペースや上昇幅は、高値圏で推移する株式市場のセンチメントを損なわない程度でなければならない。

とはいえ、米国の税制改革法案が実現しても、国内総生産(GDP)の押し上げ効果は年0.3%程度とされ、FOMCも2018年見通しを2.5%と9月時点での予想から0.4%ポイント上げたにすぎない。

米国は財政政策が拡張的な方向へ踏み出すが、金融政策の正常化も続く。政策金利(フェデラルファンド=FF金利)からインフレ率を差し引いた実質FF金利は、1.7―1.8%程度とされる潜在成長率をまだ下回っており、緩和的な状況は続くが、今後の利上げでその差は縮小する。ここに保有資産の縮小も加わるため、2018年の米金融政策は、引き締めに転じるわけではないものの、緩和度合いは和らごう。よって、2018年も長期金利の上昇は限定的となり、ドルは上がりにくいだろう。

確かに、ドルは2014年半ば以降に全面高となったが、それは世界的に金融緩和強化の流れが進むなか、米国だけが正常化に向かうといったコントラストがことさらドル高を助長したためだ。その点、2017年はカナダや英国が利上げを実施し、ユーロ圏も2018年以降、新規の資産買い入れ額の半減を決めている。金融政策の正常化は、程度の差こそあれ、もはや米国の専売特許ではない。従って、2018年も2014年以降のドル高に対する反動(ドル安圧力)がじわりとのしかかる可能性が高い。

唯一、ドルをサポートするのは、世界的にみたドル資金需給の逼迫(ひっぱく)だ。実際、2017年も9月頃から直先スプレッドが拡大し、それと歩調を合わせてドルが持ち直した。2018年も年初からしばらくドル安トレンドが続くだろうが、年末にかけてはドルが持ち直すといった季節性は残るだろう。

<積み上がる円高材料、2018年末110円割れか>

対する日本では、日銀の金融緩和長期化が見込まれ、内外の金融政策格差は歴然としたままだ。ただ、2017年は主要通貨のうち、ユーロを筆頭に英ポンド、スウェーデンクローナ、オーストラリアドル、カナダドルに対して円安が進んだ一方、米ドルやニュージーランドドルに対しては円高が進み、ノルウェークローネ、スイスフランに対しても横ばい圏を維持するなど、円が全面安となった2016年秋の米大統領選後の動きとは様相が異なっている。

明るさを増した本邦の景況感を横目に、市場のインフレ期待は年初よりも小幅低下している。実質金利の観点で言えば、円高バイアスが残った格好だ。春闘に向けて賃上げ機運が高まるか注目だ。

ただ、2018年の円相場にとって、重要なのはやはり日銀の政策スタンスである。むろん、物価安定目標に距離を残している。日銀が明示的に正常化を語り始めたり、長期金利の誘導目標を引き上げたりする可能性は低いが、黒田東彦日銀総裁も金融緩和の潜在的な副作用について語り始めた。

その上、金融政策決定会合における「主な意見」にも、追加緩和への慎重な意見や副作用への言及が目立つ。日銀の緩和長期化が見込まれはするが、長期金利が上昇した際、日銀が0.1%越えを少し容認する姿勢を示すと、日銀のスタンス変化を読み取り、円に上昇圧力が加わろう。

もちろん、その場合、円高をデフレ脱却への有害な因子とみなす日銀が、再び指値オペによって長期金利上昇を封じ込めよう。しかし、緩和長期化が見込まれるからこそ、低過ぎる金利やフラット化し過ぎているイールドカーブを是正する微調整をいずれ施さざるを得ないだろう。

そうした事情も踏まえ、2018年4月に任期を迎える黒田総裁の後任人事は注目を集めよう。黒田総裁続投との報道もみられるが、予断を許さない状況が続くとみる。

このほか、日本の国際収支からも次第に円高圧力が増す可能性が高い。2017年の経常黒字はじわりと拡大し、2000年代以降では2007年に次ぐ規模に達する見込みだ。実需の潜在的な円買い需要は増している。さらに、為替ヘッジコストが上昇した結果、ヘッジ外債の投資妙味が大きく後退し、対外中長期債投資の大幅な減少を招いている。

為替ヘッジ比率の引き下げに伴う一定の円売り需要が高まる可能性もあるだろうが、2016年秋の債券相場急落を念頭に置いた厳格なリスク管理への必要性から、銀行勘定の外債投資は2018年も盛り上がりを欠いたままだろう。直接投資と合わせた対外投資フローが、円高への歯止め役になったとしても、2017年同様、円安トレンドを形成するには至らないとみる。

確かに、内外の金融政策格差を理由に、円安期待は根強いとみられる。しかし、為替市場のテーマは移り行く上、予想の策定にあたって線形近似の概念は禁物だ。それは、2017年のドル円が、日経平均株価の大幅な上昇や2年国債でみた日米金利差の拡大にほとんど反応を示さなくなったことからも明らかだ。

前者の株価に関して言えば、日本企業が為替相場に影響を受けることなく収益力を増したからであり、後者の金利差についても目先の米国の金融政策正常化に反応してドル高が進む局面は一巡した可能性が高く、2018年も米国では利上げと緩やかなドル安トレンドが併存するとみる。

これに対し、高まりにくいインフレや賃上げへの期待、日銀のスタンス変化の可能性、国際収支の変化といった材料を積み上げると、円には緩やかながらも円高圧力が加わると考えられる。この結果、2018年の年末に向けてドル円は緩やかに下落しそうだ。ドル110円割れでは、本邦の対外投資が下支えするだろうが、107円程度で着地すると予想している。

*内田稔氏は、三菱東京UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、国内外で一貫して外国為替業務に携わる。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から17年まで個人ランキング1位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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