2017
08.25

トランプ劇場の先に見える円安軌道=尾河眞樹氏

Topic, 世界経済, 円高

[東京 24日] – トランプ米大統領の腹心で一時は「影の大統領」とも呼ばれたバノン首席戦略官が18日更迭された。同氏は反エスタブリッシュメントを掲げ、ナショナリストで排外的な思想の持ち主として知られる。

政権内でも、トランプ氏の娘婿で穏健派のクシュナー大統領上級顧問や、コーン国家経済会議(NEC)委員長との確執がしばしば報道されてきた。「トランプ政権の波乱要因」として金融市場からは警戒されてきたため、更迭が報じられると株価とドルは上昇した。

更迭のきっかけは、バージニア州シャーロッツビルで12日に起きた、極右集団と反対派の衝突事件に対するトランプ大統領の対応だった。大統領はこの事件によって女性が死亡し多数が負傷したことについて、「白人至上主義団体と反対派の双方に非がある」と述べたため、強い批判を浴びていた。

一部の観測報道によれば、トランプ大統領が腹心だったはずのバノン氏を突如解任したのは、「白人至上主義者」とも呼ばれる同氏を解任することで、シャーロッツビル事件を巡る自身への批判を和らげる狙いがあったようだ。

リスクとしては、トランプ大統領の支持率低下が挙げられよう。特にバノン氏の更迭によってトランプ氏を「強く支持」してきた極右的な「コアの支持層」が今後離れていく可能性がある。

<目先は「トランプ円高」に要警戒>

米調査会社のラスムセンが発表している大統領支持率は、各種世論調査の中で特に「トランプ支持」に傾きやすいとされるが、それでも支持率は1月20日の就任直後の56%から、8月23日時点では41%まで低下した。

また、トランプ大統領にとって最も重要な「強く支持する(Strongly Approve)」と回答しているコア支持層の支持率も就任直後の38%から、バノン更迭後、同じく23日時点では24%まで低下している。

通常は高めに出る大統領就任直後でも、トランプ大統領の支持率はラスムセン以外の多くの調査で5割を切るなど、もともと人気は高くないが、それでも共和党の中でも右寄りのコア支持層の間では、強い支持を得ているとみられていた。こうした層から「そっぽを向かれた」という懸念が浮上すれば、トランプ大統領が支持率挽回のために、北朝鮮に対する強硬な言動を強める可能性はあるだろう。

この場合、「北朝鮮リスク」が再びクローズアップされて市場は円高に傾く公算が大きい。また、国内向けのアピールとして、中国や日本、欧州に対しても貿易面で保護主義色を強めるようなら、「ドル安政策」との見方から、対ドルで円高圧力が強まろう。

トランプ大統領は22日、アリゾナ州フェニックスでの支持者集会で北米自由貿易協定(NAFTA)に関し「米国はある時点でNAFTAを終了させることになるだろう」と述べた上、メキシコとの間に「国境の壁」を建設する予算を確保できなければ政府機関閉鎖も辞さないと発言。これを受けて、23日の為替はドル安・円高に振れたが、今後もしばしばこのような言動による円高には警戒が必要だろう。

<雨降って地固まればドル円反発へ>

ただ、トランプ大統領の不規則な発言や唐突な「ツイートリスク」は高まる一方で、コア支持層による支持率低下がプラスに働く面もありそうだ。

今月22日には、バノン氏が去った後のトランプ陣営、具体的にはコーンNEC委員長、ムニューシン財務長官、マコネル共和党・上院院内総務、ライアン下院議長、ハッチ上院財政委員長、ブラディ下院歳入委員長の6人が、米税制改革で減税などの財源を確保する手段について、「共通の見解(common ground)に達した」との報道があった。

大統領側近の辞任が相次ぐトランプ政権への国民の不信感が高まる中、共和党の支持層にも愛想を尽かされつつあることに共和党議員も焦っているのかもしれない。議会は9月5日に再開するが、ヘルスケア法案や減税、インフラ投資などが一切進捗していないことに対する「地元有権者からの声」に背中を押されて、夏休み明けの共和党議員が、減税などの法案可決に向けた動きを加速させる可能性はある。

米政治メディアのポリティコの報道によれば、トランプ大統領は税制改革について近く発表する予定だという。9月末には債務上限引き上げと2018年度予算の期限が一気に訪れることから、米国の債務不履行(デフォルト)リスクが再びクローズアップされるとの見方が一時広がったが、共和党議員の焦りによって、むしろ重要法案可決に向けた動きが加速するならば、9月末の債務上限引き上げ、減税法案可決が現実味を帯びてくる。

当社は9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でバランスシートの縮小が決定・実行されるとみているが、米連邦準備理事会(FRB)が緩和からの出口戦略を一歩一歩慎重ながら進めていく中で、9月末リスクが後退すれば、ドル円相場はじわりと持ち直す公算が大きい。

<ゴルディロックス継続なら最弱通貨は円>

しばらくは「バノン更迭」の影響が尾を引く可能性はあるし、短期的には政治要因がドル円のボラティリティーを高める公算は大きい。ただ、重要なのは米国経済が堅調であることだ。

7月の雇用統計は良好な内容だったが、これまで発表された小売売上高や消費者信頼感、製造業の景況観なども、市場予想を上回る結果が目立った。経済指標に対する市場予想と実績のかい離を示す米エコノミックサプライズ指数も、6月のマイナス80付近から、足元はマイナス37まで改善している。緩やかな景気拡大と低インフレの、いわゆる「ゴルディロックス(適温)経済)」の大きな流れは変わっておらず、基本的にはマネーはリスク資産に向かいやすい。

米株価が割高と言われつつも、なかなか下落しないのはそのためだ。MSCI新興国通貨指数は今月23日、2014年11月以来となる1629付近の高値を付け、年初来でみれば約8%上昇している。こうした環境では本来、主要通貨の中でも金利が最も低い円が最弱通貨となりやすい。

足元は政治リスクが重しとなって、ドル安圧力の方が強いため、ドル円は軟調地合いとなっている。しかし、ベースとなるゴルディロックスに変化がなければ、仮に今後、政治要因で一時的に大きく円高が進行したとしても、短期勢のポジション調整が進むことにより、むしろ先行き円安が進行する可能性は高まるとみている。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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