2017
08.22

ドイツ自動車大手の苦境は身から出たサビ

Topic, 世界経済

排ガス不正に続くカルテル疑惑、政府はまだ業界を擁護するが・・・
JBpressより  2017.8.8
(英フィナンシャル・タイムズ紙 2017年7月31日付)

ドイツ・ライプチヒにある工場に止められたポルシェの「カイエン」(2016年3月9日撮影)。(c)AFP/dpa/an Woitas〔AFPBB News〕
 1990年代のこと。筆者がフィナンシャル・タイムズで最初に手がけた仕事は、ドイツ産業の取材だった。それは事実上、自動車産業を担当することを意味していた。90年代のドイツは、1950年代や60年代初めのデトロイトのようなところだったからだ。
ドイツの自動車産業は我が世の春を謳歌していた。利益率は高かった。フォルクスワーゲン(VW)やBMWなどはほかのブランドに食指を伸ばし始め、ダイムラーはほかの産業に進出し始めていた。自動車会社の最高経営責任者(CEO)はボスの中のボスだった。世界を意のままにし、ドイツ政府を思うように動かしていた。
 しかし、自分は強く、冷静だと思っている人は、かえって間違いを犯しやすい。ここ数年で明るみに出た不祥事の大半は、かつて絶好調だった時代に撒かれた種から出てきたものだ。
 つい先日も、ドイツの5大自動車メーカー(VW、BMW、アウディ、メルセデス、ポルシェ)が60もの分野でカルテルを結んでいたとの告発がなされた。ブレーキシステム、タンクの容量、ディーゼル技術などに関して競争しないことを決め、1990年代から秘密裏に会合を重ねていたという。
この業界の傲慢さを浮き彫りにする最も驚くべき事例は、ポルシェの「カイエン」で行われていた不正だろう。
 ドイツ政府は7月下旬、ディーゼルの「カイエン」のリコールと販売停止を命じた。かつてVWが使用していたものと同じ、ディーゼルエンジンの排ガス規制を逃れる不正ソフトウエアをポルシェも使っていたことを、連邦自動車庁が突き止めたのだ。
 2015年にVWのスキャンダルが発覚した際、ドイツのメーカー各社は問題のソフトウエアを自社製品からすぐに取り除く対応を取ったはずだ、と考えるのが普通だろう。だが、そうではなかったのだ。
ドイツの自動車業界は今、一般の認識よりもかなり困難な状況に置かれている。それには理由が3つある。
 軽微なものから挙げると、まず罰金の支払いだ。各社に科される罰金が多額になることは間違いない。下手をすれば、世界全体の売上高の10%相当額に達する恐れもある。しかもこれは、前述の不正ソフトウエアに起因する数十億ドルの罰金とは別枠だ。株主の利益は減り、投資に回せる資源も減ってしまう。しかし、自動車メーカーは金持ちだ。罰金だけで屋台骨が揺らぐことはない。
 2つ目の問題は、ドイツの自動車業界が誤ってディーゼル技術に注力したために、ハイブリッド車や電気自動車などで後れを取っていることだ。ドイツでは1980年代に、業界が足並みをそろえてディーゼル車に未来を賭けた。二酸化炭素の排出量がガソリン車よりも少ないからだ。
 当時は、ディーゼル車が環境に及ぼす危険の多くが知られていなかった。ドイツのメーカーがディーゼル車のささいな調整を続ける一方で、トヨタなどほかのメーカーはハイブリッド技術への投資を行った。今日ではグーグルのような新規参入組が人工知能(AI)の技術開発を行っている。後者の2つの技術は、未来の私的な移動手段の性質を根本的に変える可能性を秘めている。
 7月28日にドイツ南部のシュツットガルト市の裁判所で下された判決は、最新の排ガス基準を満たさない古いディーゼル車の走行を一定の区域内で禁止することに道を開いた。
 シュツットガルトはメルセデスとポルシェの本拠地であるうえに、ドイツの中でも大気汚染が激しい都市に数えられる。ディーゼル車を取り締まらなければ、市が独自に定めた環境基準をクリアすることはできないだろう。また自動車メーカーは、もし排ガスを減らす簡単な方法を見つけていたら、不正なソフトウエアのインストールに手を染めることはなかったはずだ。
 3つ目の最も重要な問題は、消費者からの信頼を修復できないレベルまで損なってしまったことだ。
 この世の中ではいろいろなスキャンダルが現れては消えていくが、悪いニュースが途切れずに出てくれば悪い印象は強くなる。今回は、消費者が一段高い(プレミアムな)品質を手にするためではなく、違法なカルテルを支えるために割増料金(プレミアム)を払っていたことが明らかになった。
多くの顧客がインチキな排ガスデータにだまされていた。となれば、ほかのメーカーの車を探すか、車にかけるお金を減らすのが合理的な反応だろう。どちらにしても、自動車メーカーは高い利益率を維持できない。
 ドイツの自動車業界は、次世代の電気自動車や自動運転といった新しい技術の開発で先行しているべきこの時期に、上記の3つの問題に向き合うこととなった。しかし、自動車業界やドイツの車の専門家たちには、この問題を気にかけない傾向がある。
 ドイツのIfo経済研究所が行った研究によれば、ドイツの自動車産業は電気自動車とハイブリッド車に関する特許の3分の1を押さえている。今後に期待が持てそうな話である。
 だが、特許の本数では真の技術革新を的確に評価することはできない。これでは、めまぐるしく変化する市場のダイナミクスを見誤ることになる。自動運転できる電気自動車を造る際には、排ガス規制を不正にくぐり抜けたディーゼル車を作るときとは違うタイプのエンジニアや研究者が必要なのだ。
 ドイツ政府は今でも、欧州連合(EU)で自動車業界の利益を懸命に擁護しているが、自動車をめぐる政治の状況はここ15年間で変わってしまった。今では、排ガス基準を不正な方法でクリアした車を買ったドイツ国民の方が、自動車業界で働く人々よりも大幅に多いのだ。
 フォードやゼネラル・モーターズ(GM)、クライスラーが今日でも車を作っているように、ドイツの自動車メーカーは20年後も車を作っているだろう。しかし、その頃には利益率は縮小しているだろうし、イメージも影響力も衰えてしまっているだろう。そしていつかは、彼らがずっと嫌がっていたものになるのだろう。冷蔵庫や洗濯機を組み立てるメーカーのような、ごくごく普通の会社になるのだ。