2017
09.28

核シェルターが売れているのに、なぜ業者は憂うつなのか (1/4)

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 北朝鮮が6度目の核実験を実施した。自分の身を守るために「核シェルター」の販売数が伸びているそうだが、業者からは困惑の声も。どういうことかというと……。

 北朝鮮が6度目の核実験を実施した。この核実験は大方が予想していたものだが、これによって北朝鮮をめぐる東アジア情勢が不安定になるのは確かだろう。

 例えばドナルド・トランプ大統領は、北朝鮮が挑発を続けるなか、相変わらず中国の責任を主張している。またその矛先は韓国にも向かい始めている。トランプは、北朝鮮の悪態の責任を韓国の責任とも発言し始めているのだ。韓国については、米韓軍事演習で米B-1B戦略爆撃機の派遣を巡って米韓の小競り合いがあったり、米韓の自由貿易協定(FTA)をトランプ政権が破棄すると圧力をかけるなど、米韓関係の悪化で朝鮮半島の緊張がさらに複雑化する可能性が指摘されている。

 もちろん日本にとっても他人事ではない。8月29日には、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道の上空を通過したあと襟裳岬から1180キロの太平洋上に落下した。もちろんそれ以前から日本は北朝鮮のミサイル射程圏内にあり、いつ攻撃されてもおかしくない状況にあるのだが、29日のミサイルでその現実を多くの人が再確認したはずだ。

 ただ幸いなことに、今のところ北朝鮮のミサイルが日本落ちる可能性は高くない。今のうちに、現状でできる対策を推し進めたほうがいい。ミサイル防衛システムの強化や法整備などは、現在の国際情勢をかんがみると日本政府ができる現実的な対策だと言える。2018年度の防衛費が過去最大を更新しそうなので、別の省庁が苦労していると聞くが、安全保障の意味では不可欠だろう。

 そこで今、個人としてできる対策として、「核シェルター」が注目されているという。テレビや新聞がこぞって取り上げており、欧米の大手メディアも次々と報じている。どのメディアも北朝鮮の攻撃を恐れて「シェルター」の販売数が増えているという。真偽を確認するために取材をしてみると、業者からは売り上げ増なのに素直に喜べないという意外な声も聞かれた。

核シェルター、スイスの普及率は100%以上

 まず核シェルターというのはどういうものか。一般的なのは、コンクリートで覆われた地下の密閉空間に、有毒物質をろ過する特殊なフィルターの付いた換気装置を設置する。この換気装置が「シェルターの心臓部」とも言われ、放射性物質だけでなく、サリンやVXガスといった今世界で知られている有害物質を排除してくれるため、内部で安全に過ごせるのである。

 日本で核シェルターの普及率はどれほどなのか。日本核シェルター協会によれば、その普及率は0.02%に過ぎない。海外に目を向けると、世界で最も災害意識が高いと言われるスイスでの普及率は100%以上。スイスに住んだことがある知人によれば、「スイスでは、学校や病院、デパートにも核シェルターがあり、普及率は100%を超える。ただ2012年に規制緩和があって、シェルター設置の義務は緩和されたが、いまでもあちこちにある」という。

 1960年代からシェルター設置が始まったスイスは紛れもなく「シェルター先進国」。日本で輸入されるシェルターもスイス製が多い。

 ほかの国はどうか。例えば米国では、トランプ政権が発足してから、シェルターの需要が増加しているようだ。テキサス州に拠点を置くシェルター専門の有名企業では、全体の売り上げが400%も増加した。さらに50万ドル以上の高級核シェルター(ジムなども完備した生活ができるシェルター)の販売は700%も増加しているという。顧客には、サウジアラビアの富豪から、ハリウッドスターまで幅広い。

 筆者が以前住んでいたシンガポールの家には、核シェルターがあった。シンガポールは周辺国からいつ攻撃されてもおかしくないという危機感をもっているので、政府がシェルター設置を義務付けているのだ。ただ友人宅などを訪問すると、核シェルターは単なる物置になっていたり、メイド用の部屋に使われていたり、といったケースがあった。ちなみに筆者の自宅に設置されていたシェルターも物置と化していた。

 シンガポールでは地下鉄もすべて核シェルターが設置されており、スイス製の換気装置が採用され、1980年代に日本企業が設置を行なっている。

核シェルターは売れているのに、業者の表情はさえない

 こうした国と比べると、日本は核シェルター後進国だと言える。そこで、北朝鮮の核実験の直後に、日本で核シェルターを販売する織部精機製作所に話を聞いてみた。

 同社の担当者に「核シェルターが売れているようですが」と聞くと、「うーん」という拍子抜けする返事が戻ってきた。話を続けると、どうも単純に「売れている」では済まないようだ。

 メディアなどでは確かに、「2017年は2016年に売れた数と比べて37倍になっている」「通常の年間注文数が6件程度なのに2017年4月だけで注文は8件」などと報じられている。どういうことなのだろうか。

 担当者によれば「確かに2017年の4月以降は問い合わせ、販売が増えている」という。しかしマスコミの問い合わせに困惑している、としてこう続けた。「取材の人は『何%増えましたか』『何台売れましたか』と必ず聞いてくるのですが、ほとんど売り上げがなかったモノが急に37台も売れるようになったことで、『シェルターがバカ売れしている』みたいに報じられてもねえ」と話した。要するに「数は知れているんですよ」と主張する。

 実際に販売された数を聞くと、例年以上に数は出ているようだ。これまでなら、核シェルターの部屋と換気装置をセットにしていたが、問い合わせの多さと、注文からシェルターを完成するまで、役所への許可申請なども含めて4カ月半もかかることから、2017年は換気装置だけを別売りすることにしたという。

 「62万円のシェルターに使う6人用の小さな換気装置は今年4月から50台ほど売れました。170万円の13人用が9台、25人用が10台、50人用が12台、400人用の換気装置の注文もありました。昨年から増えているのは確かですが……」

 売り上げは伸びているのに、担当者はなぜ浮かない様子で話を続けるのか。その理由はその後の発言から分かった。

 「今回のミサイル実験についての子どもたちの避難訓練を見ましたか? 屈んで頭をかかえるという訓練です。あれが日本の現実なんです」

 その様子は、同社が取材を受けた海外メディアの映像にもシニカルに含まれており、織部精機製作所の公式Webサイトにもアップされている(参照リンク)。

日本もあちこちに核シェルターを設置すべきなのか

 話を総合すると、核シェルターは売れているが、スイスなどと比べると、日本では普及しているとは言えない。織部精機製作所の担当者は、売り上げ云々よりも、ミサイルが頭上を飛んでいく時代なのに、子どもにしゃがんで対策させるといった日本全体の危機感のなさに絶望しているのである。もっとシリアスに対策すべきである、ということだろう。

 ただ日本全土に雨あられのようにミサイルが降り注ぐことは現実的にはあり得ない。「Jアラート」でミサイル着弾までに4分しかなくても、シェルターがあちこちにあれば身を守ることはできるかもしれない。仮に核兵器が投下されるような事態が起きれば、その被害地域でシェルターが活躍することは間違いない。

 ただその可能性がどれほどあるのか。またその可能性のために最低62万円(6人用)の換気装置(プラス、窓枠などの密閉措置が必要になるだろう)を購入しようという人がどれほどいるのだろうか。普及率を現在の0.02%から1%に上げるには、130万人分のシェルターが必要になる。これは途方もない数字である。

 とはいえ、頭を抱えてうずくまるという対策が不十分なことは言うまでもない。安全保障における現在の日本の限界を考えれば、ミサイル防衛だけでなく、あちこちに核シェルターを導入することについても、真剣に考えてもいいのかもしれない。