2017
09.03

気にJアラート批判の日本人は日米開戦前夜にそっくりだ

Blog, 北朝鮮, 半島問題, 危機管理

8/31(木) 6:00配信

 「Jアラートは意味がない」など、北朝鮮のミサイルに対する政府の取り組みを批判する声が数多い。テレビでは専門家たちが「本気で攻撃してくることはない」と解説をするなど、「ミサイル着弾はない」と信じている日本人が多いからだろう。しかし、現実はそんなに甘くないかもしれない。(ノンフィクションライター 窪田順生)

● 政府の言い分を批判してばかり 日本人の本音とは?  

「Jアラート」の評判がよろしくない。
 「日本を通り過ぎた後に鳴っても意味がない」「宇宙空間まで飛んでいくようなものに、いちいち反応するな」などなど、国民の生命を守るためのシステムであるにもかかわらず、当の国民から厳しい批判が寄せられているのだ。
 叩かれているのは「Jアラート」だけではない。政府が触れ回っている「弾道ミサイル落下時の行動」、つまり、「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る」という呼びかけに対しても、「ミサイル防衛で地面に伏せろと真顔で告知する国などない」「竹槍でB29を落とせという戦前のノリ」など厳しい意見が寄せられている。
 政府を擁護するわけではないが、この呼びかけはまったく意味がないわけではない。世界で最も進んだミサイル防衛システムを構築しているといわれるイスラエルでも、サイレンが鳴ると、市民は物陰に身を寄せて、頭をかかえて地面に伏せている。
 ミサイルの着弾の際には、爆風で瓦礫などがすさまじい勢いで飛散するので、戸外にいる場合、「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る」というのは特に荒唐無稽なものではなく、現実的な身の守り方なのだ。
 国民の命を守ろうということで多くの税金と多くの人々のリソースが投入された取り組みが、なぜこうもダメ出しばかりされるのか。いろいろな意見があるだろうが、個人的には大多数の日本人が、口に出さずも、腹の中でこんな風に思っていることが大きいからではないかと思っている。
 「北朝鮮がミサイルを飛ばすなんていつものことだ。本当に戦争になって困るのは金正恩の方なんだから、日本に着弾などするわけがない」

● あきれるほどの楽観論が 真珠湾攻撃を引き起こした

 実際、ワイドショーやニュースなんかに出演している専門家は、ミサイル実験はアメリカを交渉のテーブルに乗せるための「牽制」だとよくおっしゃっている。それを素直に鵜呑みにしている人たちが、あっちは本気で日本を攻撃するつもりなどないのだな、と高をくくってしまうというのは、当然といえば当然ではある。
 しかし、これは危険だ。信じる、信じないというのは個人の考えなので、第三者がとやかく口を挟む問題ではないが、世の中に「どうせ北朝鮮は攻撃してこない」というような楽観的な見方があふれ返るのは、日本にとってかなりマズいと思っている。

 実は、楽観主義こそが「戦争」の引き金となるからだ。
 その代表的なケースが、日米開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃である。なぜあのような奇襲を山本五十六が仕掛けたのかというと、開戦直後に主力艦隊を撃破してしまえば、アメリカ海軍とアメリカ国民の士気は喪失され、日本に有利な形で講和に持ち込めるはずだという「甘い読み」があったからと言われる。
 なぜそんなに楽観的だったのかと呆れるかもしれないが、これは山本五十六だけの問題ではなく、当時の帝国海軍、さらには日本のインテリの多くが総じて楽観的だったのだ。
 実は真珠湾攻撃直後まで、「日米開戦などあるわけがない」というインテリも多くいた。その根拠となったのが、「かの国が自由主義かつ個人主義だから」というものだ。
 「個人」の意思が尊重される国だから、多くの「個人」が戦死のリスクに晒される大規模な戦争は避けるに違いない。もし仮に戦争になったとしても、向こうは太平洋を越えてこなくてはいけないのだから長期戦に持ち込めば、世論に厭戦ムードが広がり、どこかで妥協するに決まっている。それにひきかえ、こちらは「皇国」なので覚悟が違う。ガチで戦ったら絶対に勝てる――。喧嘩に明け暮れる不良少年のようなロジックだが、当時のインテリや軍部は本気でそう信じたのだ。

● 専門家・インテリの予測ほど アテにならないものはない

 それがよくわかるのが、末次信正・海軍大将が真珠湾攻撃の1年前に上梓した「世界戦と日本」(平凡社)である。このなかには、雑誌の企画で大学生たちが、末次大将を囲んで国際情勢を語り合うという「末次大将に大學生がものを訊く」が収録されている。
 東京帝国大学、早稲田、慶応という錚々たる大学の学生たちは、末次大将から、世界一といわれるアメリカ海軍が、帝国海軍をいかに恐れているのか、そしてソ連がドイツに牽制されて、日本に手を出しにくいという状況を説明されると、こんなことを言っている。
 「欧州大戦は独伊の勝利で大體目鼻がつき、また日本が非常に手際よく新東亜の建設を完成致しますと、世界は日本、アメリカ、ドイツ、イタリー、ソヴィエットに分かれるやうな結果になると思ひます」(P.209)  末次大将は渡英経験もあって、第一次世界大戦を目の当たりにして戦略を分析するなど国際派として知られた人物だ。そんなインテリに、「アメリカには戦争をするメリットがない」などと論理的な情勢分析をされて、学生たちは「なるほど」と素直に納得したのだ。  冷静に考えてみれば彼らの姿と、「北朝鮮は金正恩体制の維持が目的なので、日本を攻撃などするわけがない」とおっしゃる専門家の解説に「なるほど」と素直に納得してしまう現代人の姿は、それほど変わらないのではないか。  ジャーナリストのダン・ガードナーが自著「専門家の予測はサルにも劣る」(飛鳥新社)で体系的に分析をしたように、人類の歴史を振り返ると、専門家の予測ほどアテにならないものはない。

● 金正恩が日本を攻撃しかねない いくつもの理由

 特に「戦争」にまつわる予測のハズレっぷりは目を覆うばかりで、1914年に英国の著名ジャーナリストのH・N・ブレールスフォードが、「今後、既存の六大国のあいだで戦争は勃発しないだろう」と高らかに宣言した直後、第一次世界大戦が幕を開けたのを皮切りに、「逆張り」した方がいいくらいの惨状となっている。  そう考えると、いろいろな専門家がおっしゃる「北は日本を攻撃しない」というのも、ちょっと疑ってかかった方がいいのではないか。  「どうせ脅しだろ」と国際社会で思われているなかで、金正恩は核開発までの時間稼ぎのため、どこかで「本気」を見せなくてはいけないのだが、そうなると標的として日本は最も適している、と言えなくもない。  韓国と事を構えても泥沼の戦いが始まるだけでメリットはない。アメリカと直接ケンカしたら、もうこのゲームは終わりだ。しかし、日本をじわりじわりといたぶれば、アメリカに泣きついてくれる。つまり、米朝戦争のリスクを回避したまま、間接的なプレッシャーを与えることができるのだ。  日本に少しでも手を出したらアメリカ様がやり返してくれるぞ、というのは我々の「信仰」にも近い思い込みである。アメリカにも国内世論があるわけで、自国民が犠牲になったわけでもない同盟国の被害に、多くの兵士を危険に晒す大規模な報復攻撃を本当にするのか?という疑問もある。  事実、トランプもグアム方面に撃つと聞いて、「これまで見たことのない火力」なんて脅しをしたが、日本を飛び越えたミサイルには「様子を見よう」なんて言っている。北朝鮮は、トランプのこの露骨な反応の違いから、「日本方面に撃つのはセーフ」と受け取ったに違いない。  筆者が金正恩なら、エスカレートしてきたこのチキンレースを、どこかで一度クールダウンさせる「落とし所」として、「日本攻撃」という切り札は十分アリだと考える。

● 根拠なき楽観主義は 非常に危険だ

 このように北朝鮮問題は、わりと逼迫した状況だと思うのだが、世の中的には「危機を煽るな」「圧力をかけるな」と主張する方が多い。  「Jアラート」が早朝に鳴り響いた8月29日、国会内で「安倍やめろ!!8.29緊急市民集会」が開催された。当然、参加者のスピーチも「北の脅威」に言及するのかと思いきや、1周まわって結局は政権批判へと結びつけられていた。  「Jアラート、なんかカッコつけた名前つけてますが、あれは『空襲警報』ですよ。(中略)この国を戦争する国にしてはならない。そのためには何としても安倍政権をつぶさなければなりません」  「安倍さんは『圧力』『圧力』っておっしゃっていますけど、圧力をかけるからああいうことになるのではないのか」(産経ニュース8月29日)  ミサイルを撃っている北朝鮮ではなく、撃たせるようなことをしている安倍政権が悪いというわけだ。こんな呑気な議論ができるのも、「どうせ北のミサイルは日本には着弾しない」という楽観主義が根底にあるのは言うまでもない。  「アメリカは個人主義だからすぐに厭戦ムードに包まれる」という楽観主義が、日本をあの悲惨な戦争に突入させたように、「北はどうせ本気で撃ってこない」という楽観主義が、取り返しののつかない事態を引き起こすこともある。  現在の北朝鮮に対する根拠なき楽観主義は、日米開戦前夜のそれを彷彿とさせる。本当の「戦争」というのは、「そんなことあるわけないじゃん」と言っている間に始まっているものなのかもしれない。 窪田順生